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べっぴんさん

芳根ちゃんの差し替えなし皮からギョーザの影響で私もギョーザ(ただしチルド)。

レリヴィで裁断する時に良子ちゃんがガラスの灰皿を重石に使ってたのに共感。
そして最終回、すみれのおうちはプロ用の重石やったのに「なつかしい~」。

私も手放せない別品あります。
アラン編み.jpg
今年の冬やっと流行が巡ってきて久しぶりに袖を通しましたけど、
超絶技巧のアラン編セーター。

キアリスの縫い子さん方のように、既製服が国産100%に近かった時代、
マリラはセーターを編んで家計を支えていたそうです。
(百貨店とかで販売されてたらしい。)
そしてある日「たぶん、これが最後になる」とウール100%の超絶技巧を駆使した
男ものの様なセーターを編んでくれました。
「こんなにすごいのに最後なんてもったいない~」と言ったら、
「老眼でもう編み目が見えんのよぉ」

けど昔とったキネヅカで普通サイズに編み上げてくれたもんやから、
袖を通したら規格外の私には短かったのよね。

「えーっ?!」と酷く動揺するので、私の背が高すぎるせいやから失敗やない、
と伝えたら「私に断りもなく大きゅうなるから!返しぃ(返して)!」ええ~[たらーっ(汗)]

そして次に会った時、まるでスミレがさくらのカーディガンをリフォームしたように、
ゆーか、実はドラマ以上の超絶技巧を駆使して、編み始めの袖口をほどいて、
逆編みで袖のアラン編み柄とリブ編みを編み足して完成さしたはった。
そこまでしたん?!とほんまにびっくりしたわー当時。
今見てもそんな不自然な継ぎ跡見当たらへん出来でしょう?
何の変哲もない普通のセーターに見えますが、複雑な柄を自然に繋ぐ設計図を
脳内で書ける頭脳とそれを逆編みで自然に編み上げるスゴ腕と根気の結晶なんです。
心・技・体揃った仕事です。

老眼が辛くなってきたからやめるってゆーてたのに。
ザ・職人魂。
そらー捨てられません。

けど、そういう使い捨てずに継いで行くのんて、京都では当たり前というか、
着物はそんな風に受け継がれてますよね。
お母さんの着物をもらって仕立て直す、とかで。
けどそれは、京都が空襲とか災害とかの非害を受けてこなかったから
普通になってるだけで、空襲を受けた神戸では奇跡やったんですよね。

なーんてことを、つらつら思う春の夜長。
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