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マクベス回想中…天が! [舞台]

ついに、日本初マクベス単独登頂御成功おめでとうございます。

終わったんやと思うと何気に押し寄せる寂しさは自分が登ってへんからやな。

計算され尽くされた見せ方と舞台の上でも外でもそれを連日完遂し続ける演者の
強靭な体力と精神力の融合がないと実現不可能なプロダクションでした。
初マクベスでえらい贅沢知ってしもたわ。

冒頭スーツ姿の患者を着替えさせるシーンは時間を置いて後から振り返ると、
角度といい手順やら間が、最大限に演者の肉体美を美しく見せ付ける役割を
めっちゃ果たしてたなーとか(笑)
あれはまさに、白痴美ってやつでしたね。

個人的な理由(みかん嫌い)で、私はベッド脇のボウルに盛られたみかんが
気になって仕方なかったのですが、患者がポケットにしまってから取り出した時に
りんごに変わってて「手品!」と驚き、いやいや、あれホンマはみかんで
観客はここから患者の幻覚を共有するゆうことね?そうなんやろ?と展開を追い続け、
患者がりんごをかじった瞬間、イヤーほんまはこの人皮ごとみかん食べてんでー!!
皮ごとみかんは間違いなく狂ってる!と震え上がったんでした。
ちゃんとかじった後でりんごの香りがしたんですけどね。これ私の幻覚?

ちなみに見直したときトリックを確認せずには居られませんでした。
えっ、そんだけのこと?やられたーってタネやった。

楽しみ方も解釈も観客の個人個人に任せた構造なので、
本当に自由に患者の背景とマクベスを好きに重ね合わせて想像でき、
同じ演目やのに観る度に色合いを変えました。
ほんま舞台は生もので、同じ料理人のメニューでもその日の体調やら
なんやらで味わいが変わりますね。

私ったら、見直すまで患者の胸の傷はマクダフ夫人が付けたんやとばっかし思ってたんですよ。
見直しでやっと、バスタブで子供のセーターと格闘中に胸を押さえてから、
再び全力でバスタブに押し込むのを観てやっと、セーターにひっかかれたと理解。
同時にこの舞台でカットされたセリフを思い出して泣きました。
あれを言われても踏み止まれずに凶行に走ったなら、いや言われたからこその凶行なら、もう逃げ場は狂気しかなかろう。

語り合った蔵友さんの「あのセーターにはピョン吉が…」ってお言葉が愛おしくて仕方ありません。

「いつまた会おう、三人で」というオチは三人の魔女であり、患者と医師と看護士であり、
恐らく彼が殺害してしまった二人と患者自身の関係性であるように思えた。
患者は生き直す為に、罪を犯す前の自分に戻りたくて、浴槽で息を止めたり
血まみれになったりしても、死なずに生き続けるのかも。
三人で再会する日が来るのを夢見ながら?イヤー![もうやだ~(悲しい顔)]

なーんて怖すぎる想像を掻き立てられながらも、結局一番強く耳に残ってるのは、
マクベス夫人のバスタブでの独り言やったりするんですが、なんで?
「けーんーがっ!(略)てーんーがっ!(略)」
韻踏んでるから?
それとも、ちょっと「あーあーこの人アホやなー」って笑える雰囲気があったから?
やっとわかった。ついにエレキテルを世に認めさせはった。

追記:この単独マクベスは観終わった我々観客一人ひとりの記憶そのものを具現化して演じられたプロダクションでしたね。
シェイクスピアがひとりで描き上げた物語は登場人物が何人いようと、個人の中に
物語のひとつとして記憶されます。
その全員が私の記憶の一部に加わるので、物語を思い出す時、吸収できた自分だけのマクベスやマクダフしか復元できない。
それは自分の心が、ひとりで覚えているマクベスやマクダフを再演するということ。
今回のひとりマクベスのように。
つまり、兄さんのことだけしか観れへんし語れへんし思い出せない仕掛けとゆう(笑)我々の記憶そのものを鏡のように具現化しているんです。

なんという野心。まったく、どんだけ演劇好きやねん。
さすが、あれだけの人を集めて興行成功さすだけのことありますなあ(笑)
そこまでやってくれる男なんだよねー。
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